ネフローゼ症候群
ネフローゼ症候群は、尿中にタンパク質が大量に漏れ出てしまうのを特徴とする糸球体の病気で、多くの場合、体液の蓄積(浮腫)がみられ、血液中のアルブミン濃度が低下します。
ネフローゼ症候群は、ごく少量のタンパク質が尿中に漏れ出る状態(微量アルブミン尿症)が徐々に進行して発症したり、あるいは突然発症する場合もあります。ネフローゼ症候群は年齢にかかわりなく起こります。小児では生後18カ月から4歳の間が最も多く、女児より男児に多くみられます。年齢が高くなると、男女の差はほとんどなくなります。
尿にタンパク質が漏れ出るのに伴って(タンパク尿)、アルブミンなど血液中の重要なタンパク質の濃度が低下し、血液中の脂肪(脂質)が増え、血液が固まりやすくなり、感染症にかかりやすくなります。血液中のアルブミン濃度が低下すると、普通は体液が存在しない部分に浮腫が起こり、過度のナトリウム貯留が生じます。
原因
ネフローゼ症候群は、体の各所に影響を及ぼすさまざまな病気が原因で生じ、糖尿病、全身性エリテマトーデス、ある種のウイルス感染などが原因としてよくみられます。また、腎炎症候群からも生じます。腎臓に毒性のあるさまざまな薬、特に非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)もネフローゼ症候群の原因になります。ダニやウルシ科の植物に対するアレルギーなど、ある種のアレルギーが原因の場合もあります。さらに遺伝性のネフローゼ症候群もあります。
ネフローゼ症候群の原因
症状
初期症状としては、食欲不振、全身のだるさ(けん怠感)、過度のナトリウムと水分の貯留で起こるまぶたのむくみや組織の腫れ、腹痛、筋肉の萎縮、尿の泡立ちなどがあります。腹腔に多量の体液がたまる腹水で腹部がふくれ、肺の周囲の空間に体液(胸水)がたまって息切れが起こります。このほか膝(ひざ)の腫れや、男性では陰嚢(いんのう)の腫れなどもみられます。ほとんどの場合、組織の腫れを引き起こす体液は重力の影響を受けるため、体のあちこちに移動します。夜間には、体液はまぶたなど体の上部にたまります。日中で座っているときや立っているときには、足首など体の下部にたまります。むくみや腫れがひどくなると、同時に進行している筋肉のやせが隠されてわからなくなります。
小児では血圧は一般に低く、起立したときに血圧が下がります(起立性低血圧)。ショックが起こることもあります。成人の場合は、低血圧、正常血圧、高血圧とさまざまです。血管から組織に体液が漏れることで循環血漿量が大幅に減少し、腎臓への血液供給量が少なくなると、尿量が低下し腎不全が起こります。尿排出量の低下を伴う腎不全は、突然起こることもあります。
尿に栄養素が出てしまうことから、栄養不足が生じます。小児では発育が妨げられます。骨からカルシウムが失われ、毛髪や爪がもろくなり、毛髪が抜け落ちます。爪の基部に白い横線が現れることがありますが、その理由は不明です。
腹腔の内側と腹部の臓器を覆っている膜(腹膜)に炎症や感染が起こります。健康な人にとっては無害な細菌によって引き起こされる日和見感染がよくみられます。感染しやすくなるのは、通常なら感染をくい止めるはずの抗体が尿に出てしまうか、通常の量の抗体が産生されないためと考えられています。また、特に腎臓から出る主要な静脈の内部で血液が凝固しやすくなります。まれに、凝固が必要なときに血液が固まらないことがあり、大量出血につながります。心臓や脳に影響を及ぼす合併症を伴う高血圧は、糖尿病や全身性エリテマトーデスのある人に多くみられます。
診断
ネフローゼ症候群は、症状、診察所見、検査所見に基づいて診断されます。24時間にわたって採取した尿の検査は、タンパク質の喪失量を測定するには有用ですが、丸1日かけて尿を集めるのは多くの場合困難です。その代わりに、ランダムに採取した尿を検査して、尿中のクレアチニンに対するタンパク質の比率を測定するという方法があります。血液検査とその他の各種尿検査によって、さらにネフローゼ症候群の特徴がないかを調べます。重要なタンパク質であるアルブミンが尿中に出てしまい、産生が損なわれるため、血中濃度が低下します。また、タンパク質や脂肪と結合した細胞の凝集塊(円柱)が尿に入っていることがよくあります。尿中のナトリウム濃度は低く、カリウム濃度は高くなります。
血液中の脂肪(脂質)の濃度は高値を示し、正常値の10倍以上になることもあります。尿中の脂質の濃度も高くなります。貧血がみられることがあります。血液凝固タンパク質は増加することもあれば、減少することもあります。
薬物を含めて、医師はネフローゼ症候群の原因と思われるものを調べます。尿と血液の検査から、基礎疾患が見つかることがあります。体重減少のみられる人や高齢者の場合は、癌(がん)の検査を行います。腎組織の損傷の原因と程度を判断するには、生検が特に役立ちます。
経過の見通し
経過の見通しは、ネフローゼ症候群の原因、患者の年齢、そして腎臓が受けた損傷の種類と程度によって異なります。ネフローゼ症候群の原因が感染症、癌、薬物など治療可能なものであれば、症状は完全になくなります。小児の場合は約半数で治療によって症状が消えますが、成人では治療効果ははるかに低くなります。基礎疾患がステロイド薬に反応するものであれば、病気の進行が止まることがあり、状態がときには部分的、まれに完全に回復することもあります。ヒト免疫不全ウイルス(HIV)感染が原因のネフローゼ症候群は、概して容赦なく進行し、多くの場合3〜4カ月で完全な腎不全になります。先天性のネフローゼ症候群の子供は、その大半が生後1年以内に死亡しますが、透析治療や腎移植で生き延びるケースもあります。
全身性エリテマトーデスや糖尿病が原因であるネフローゼ症候群の場合には、アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬を使った治療によって、尿中のタンパク質量が安定または減少することがよくあります。しかし、ACE阻害薬を使った治療が効かず、数年以内に進行性の腎不全になるケースもあります。
感染症、アレルギー、ヘロインの注射などによって起こるネフローゼ症候群の場合、その経過の見通しはさまざまで、原因となっている状態を迅速に、また効果的に治療できるかどうかにかかっています。
|
|
|
ネフローゼ症候群の原因となる主な糸球体疾患と経過の見通し |
糸球体疾患
|
特徴
|
経過の見通し
|
微小変化型疾患 |
軽度の糸球体腎炎 |
経過の見通しは良好。小児の90%、成人でもほぼ同程度の割合が治療で良くなるが、成人の30〜50%が再発し、まれに腎不全に進行する。1年間発病しなければ再発の可能性は低い |
巣状分節性糸球体硬化症 |
糸球体に損傷を及ぼす。主に思春期に多いが、成人の若年層や中年層にもみられる |
治療効果があまりないため経過の見通しは不良。成人も小児も大半が診断後5〜20年で末期の腎不全に進行する |
膜性糸球体腎炎 |
より重度の糸球体腎炎。主に成人にみられる |
患者の5〜20%でタンパク尿が自然に軽快し、25〜40%で一時的に軽快する。末期の腎不全に進行する割合は時間の経過とともに増し、15年後では約40%になる |
先天性・乳児ネフローゼ症候群 |
まれな遺伝性疾患で、主な原因は先天性ネフローゼ症候群(フィンランド型)とびまん性メサンギウム硬化症。これらは巣状分節性糸球体硬化症によく似ている。症状はフィンランド型では出生時にみられるが、乳児型では小児期に発症する |
コルチコステロイド薬による治療に反応しない。重度の低アルブミン血症のために、しばしば両側の腎臓切除が検討される。腎臓移植ができるようになるまで、透析などの支持療法が行われる |
膜性増殖性糸球体腎炎 |
まれなタイプの糸球体腎炎で、主な発症年齢は8〜30歳。原因は不明なこともあるが、免疫複合体病が原因の場合もある |
免疫複合体病が原因であれば、一時的に軽快する場合もある。原因が不明な場合の経過は良くない。治療を受けない患者の約半数が10〜15年以内に末期の腎不全に進行する。一方、残りの大半では腎機能は安定するか改善する |
メサンギウム増殖性糸球体腎炎 |
原因が明らかでないネフローゼ症候群患者の約3〜5%を占め、あらゆる年齢層でみられる。微小変化型疾患の重症型の場合もある |
約50%が初期にステロイド薬に反応する。10〜30%が進行性の腎不全になる。再発例はシクロホスファミドに反応することがある |
|
予防と治療
エナラプリル、キナプリル、リシノプリルなどACE阻害薬の使用が、ネフローゼ症候群の予防と治療の柱になります。全身性エリトマトーデスや糖尿病などのある人で、軽度または中等度のタンパク尿が認められる場合は、できる限りすみやかにACE阻害薬を使用し、タンパク尿が悪化してネフローゼ症候群になるのを防ぎます。
すでにネフローゼ症候群を発症している人をACE阻害薬で治療すると、症状が改善することがあり、尿に排出されるタンパク質の量が通常は減少し、血液中の脂質濃度も低下することがあります。ただし、中等度から重度の腎不全では、血液中のカリウム濃度が上昇することがあります。
ネフローゼ症候群では、タンパク質とカリウムは普通の量ですが、飽和脂肪とナトリウムを少なくした食事療法を行います。タンパク質を摂取しすぎると、尿中のタンパク質濃度が高くなります。
腹部に体液(腹水)がたまっていると胃の容積が小さくなるため、食事を何回かに分けて少量ずつ取る必要が生じます。高血圧は利尿薬で治療します。利尿薬には体液のうっ滞と組織の腫れを軽減する効果もありますが、血栓形成のリスクが高くなることがあります。その場合には、抗凝固薬が血栓形成を抑えるのに役立ちます。感染症は命にかかわることがあり、すみやかに治療する必要があります。
可能であれば、原因に応じた特異的な治療を行います。原因となっている感染症を治療することで、ネフローゼ症候群が治癒することもあります。ある種の癌など治療可能な病気が原因の場合には、その病気を治療することでネフローゼ症候群は解消します。ヘロイン常用者がネフローゼ症候群になった場合には、初期段階でヘロインの使用をやめれば回復します。薬の服用が原因の場合には、その薬を中止すれば治ります。ウルシ科の植物、虫刺されなどに敏感な人やアレルギーがある人は、そういったものに触れないようにします。ウルシ科の植物、虫刺されなどによって引き起こされたネフローゼ症候群は、脱感作療法(アレルゲンを定期的に注射し次第にその量を増やしていく治療法)で治ります。
治療可能な原因が見つからない場合には、ステロイド薬や免疫系を抑制するシクロホスファミドなどを投与します。しかし、小児にステロイド薬を投与すると、成長を阻害し、性的発達を抑制するなどの問題を引き起こします。
|